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文献紹介

[文献紹介] 加藤尚武著,『技術と人間の倫理』,NHKライブラリー, 1996年

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科学技術の急速な進歩に伴い様々な問題が、緊急の課題として人間につきつけられている。今日、科学は科学技術の意味で一般には用いられ、我々の生活のかなりの部分がその恩恵にあずかっているというのが現状である。本書では、この科学技術にまつわる倫理的問題を懇切丁寧に解説している良書である。いわゆる技術倫理を専門とする研究者のみならず、一般の専門的な知識を持ち合わせていない人も面白く読むことのできる貴重な一冊であろう。

加藤尚武著,『技術と人間の倫理』,NHKライブラリー, 1996年

加藤、曰く。

人間の一番だいじな問題を、だれにでもわかる言葉で語ることのなかに哲学の生命があることが忘れられてしまった。難解な言葉を使っていれば、他人から批判を受けずに、自分をえらそうに見せかけることができる。そこで、わざと難しい言葉を使うという欺瞞的な風潮がつくられた。ごまかしのない真理の追究をする者に、難しい言葉は要らない。

(ibid. p.8)

なかなか手厳しい指摘であるが、一面の真理を言い当てており、本書自身、こうした筆者の主張を裏切らない。科学技術に対する人間の態度決定、すなわち科学技術を肯定的に見るのか、否定的に見るのか、あるいは限定的に見るのか、というそれぞれの立場を思想史との関係で概観し、洋の東西を問わず様々な文献(映画、俳句)が縦横無尽に引用される。また鉄腕アトムとターザンの対比を通じて、学問の分離の壁を象徴的に論じているのも面白い。また要所要所で上げられる例も非常に身近で分かりやすい。しかもそれらがいずれも的確に問題の核心をついており、時に読者の笑いを誘う。

分かりやすく面白いというのは大きな魅力であるが、それだけではただの娯楽本と大差はない。だが本書はそれに加えて、そのひとつひとつの叙述が、いずれも筆者の長年にわたる綿密な研究成果に支えられている。このことは、少なからずこの分野に首を突っ込んだことのある読者にとっても一目瞭然であろう。問題の取り扱いは、非常にバランスが取れており、それぞれのアプローチの長所、短所を明晰に提示してくれるのは、複雑な問題状況を整理する上でありがたい。


時折、加藤氏の立場が織り込まれており、そのいくつかは容易には首肯しえない議論もあるわけだが、本書はあくまで入門書の域を出るものではない。各章の末尾には参項文献があげられているが、いずれも邦訳の基本文献に限られているのは残念だ。また問題を網羅的に扱ってはいるものの私としてはもう少しつっこんだ分析が欲しかった、というのが正直な感想だ。ひとつひとつあげるときりがないので、ここではそうした例をいくつかあげておこう。

たとえば、環境ラディカリストの特徴として「根源的な発想への批判」を語るという点を指摘し、彼らにとって「環境問題」は「根源的な精神への批判」を語るための「便宜的な手段」にすぎない、といい、この議論が歴史観念論の典型的な形として批判の対象となるのが「一種の観念形態」だと主張するわけだが (p.331f.)、こうした主張自体を正当化しうる根拠が十分に示されているとは思われない。

「環境の問題の解決に宗教は不可欠か」と題された節では「宗教とは論理的にカテゴリー・ミステイクとなる象徴的真理の実践的確信」(p.334)だと言われているが、ここで加藤氏が言わんとしている「象徴(的)」の意味が判然としないし、こうした主張には氏の考えている論点とは別の理由から多くの宗教学者は同意しないように思われる。

また、加藤氏は、ディープ・エコロジー(エコロジスト)の問題点を的確に見抜き、手厳しい批判を加えているが、その対案として提示されている加藤氏の主張が、氏が言うほどには規範的なモデルとはいえないのではないかという疑問もある。

環境教育の具体的な実践についても本書の終わりの方で簡単に触れられているが(p.341ff.)、教育学に関心のあるものにとっては、もっと詳細な報告が欲しかった。

こうした問題の分析・検討は、本書が入門書であればこそ、この領域を少なからずまじめに考えようとしている人々によって価値ある問題提起となり、新たな創造的な議論を生み出す大きな示唆を与えるものである。技術倫理について、これから学んでみようと考えている人にとっては、本書はうってつけの入門書といえるだろう。

おまけ

最近、気になって購入した本は下記。

岡嶋 裕史著, 『プログラミング教育はいらない~GAFAで求められる力とは?』, 光文社新書(Kindle版), 2019年

岩岡千景著, 『生きる力を育む「朝の読書」 静寂と集中』, 高文研, 2019年

森岡毅著、『USJを劇的に変えた、たった1つの考え方 成功を引き寄せるマーケティング入門』、角川書店単行本、Kindle版、2016年

『新時代の観光を学ぶ』、八千代出版  、2019年

ジョセフ・シュガーマン著、『全米NO.1のセールス・ライターが教える 10倍売る人の文章術』、 PHP研究所、2006年

安村克己他(共著)『よくわかる観光社会学』、ミネルヴァ書房、2011年

北野唯我著、『天才を殺す凡人 職場の人間関係に悩む、すべての人へ』日本経済新聞出版社、2019年(Kindleあり)

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